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横浜地方裁判所 昭和36年(ワ)126号 判決

原告 柳川紀子

被告 柳川勲

主文

被告は原告に対し、原告と亡柳川雄一との間の子柳川章を引渡せ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は之を二分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

柳川章は昭和三十四年十月七日亡柳川雄一とその妻である原告との間に生れた子であるが、雄一は同年十一月二十四日死亡し、現在原告のみが章の親権者であること及び被告が現在章を自宅に同居させていることは当事者間に争がないから、原告は章の親権者として同人の監護教育を為す権利を有することは明かである。

被告は先ず、雄一はその生前被告及びその妻俶子との間に雄一の死後は章を被告等の養子とし、その養育を委託する旨の合意を為したと主張するけれども、仮に右合意を以て雄一の代諾による養子縁組の予約と解するならば、代諾による養子縁組は父母が婚姻中は父母が共同してしなければならないことから考えて、原告を除外して、雄一のみとの間に為された代諾による養子縁組の予約は無効と解するのが相当であり、又右合意を以て章の養育を委託する契約と解するならば、かような契約もまた、親権者の監護教育の権利に基くものであるから、親権者たる雄一及び原告両名の行為に因ることを要すると解すべきのみならず、仮に雄一のみとの間に有効に成立しうるものと解したとしても、委任に準ぜられるものとして、当事者の一方たる雄一の死亡により終了したと解しなければならない。いずれにしても、被告の右主張は事実の存否につき審理を為すまでもなく理由のないことが明かである。

次に、被告は、雄一の死後原告との間に、原告は章を被告の養子とすることを約諾し、章を被告に引渡したと主張するところ、その真正なることにつき争がない乙第六号証並に原告及び被告各本人の尋問の結果を綜合すれば、被告は、雄一の葬儀の翌日たる昭和三十五年十一月二十七日原告を被告の実弟たる訴外柳川文男方に呼寄せ、「原告には章の養育を任せることはできないから、被告が同人を引取つて自ら養育する」と言渡し、その場で、承諾書と題し、「子供は被告が引取ること、原告は一両日中に復籍すること、衣類は原告が実家から持参したものは原告に返還すること」等記載した書面に署名捺印を求め、原告が之を躊躇すると、被告は「不満なら何時でも書き直すから」といつて促し、原告が之に署名捺印すると、被告は直ちに原告から章を引取り、同人を俶子と共に自宅に連去つたことを認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。そして、右事実によれば、原告は被告の強い要求により単に章の養育を被告に委託することを承諾したものと解するのが相当であり、その他には、原告が章と被告等との間の養子縁組の予約につき代諾を為したことを認めるに足りる証拠はない。ところで、かような契約は委任に準ずるものであることは先に述べた通りであるから、当事者は何時でも之を解除することができるものであり、現に原告が被告に対し、章の引渡を求めている以上、該引渡の請求は同時に右委託契約の解除の意思表示と認めるべきである。

被告は更にその主張の理由により、原告の本訴請求は権利の濫用に該ると主張するけれども、原告が、財産の取得のみを目的として章の引渡を求めておるものであり、章の真の幸福を希うものでないとの事実は之を認めるに足りる証拠はなく、その他の点は仮に被告主張の事実があつたとしても、之を以て、原告が自己の子の親権者として、その監護教育に当ろうとすることを以て親権の濫用に該当するものとする理由となすことはできない。

したがつて、現在においては、被告には何等正当の理由がないから、原告の、章の引渡の請求に応じないことは、故なく原告の章に対する監護教育の権利を妨害し、之を侵害する違法行為であると解すべきである。

けれども、元来、被告が原告から章を引取り、之を養育するに至つたのは、原告がたとえ内心において不本意であつたにしても兎も角、被告の要求に応じ、被告に対し章の養育を委託したことに因るのであり、被告が原告と章との対面を拒否したことについては之を認めるべき証拠はない。したがつて、かような事情の下においては原告は本訴により右委託契約を解除してその引渡を求めたのに対し、被告が直ちに之に応じないからといつて、他に特別の事情がないのに、之が為に精神上の苦痛を被つたといつて慰藉料の請求を為すことは許されないと解すべきである。

以上の理由により原告の本訴請求中、被告に対し章の引渡を求める部分は之を認容し、その他の請求は理由がないから之を棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 松尾巖)

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